韓国のみなさま、内田樹です。このたびは『レヴィナスの時間論』をお買い上げくださいましてありがとうございます。まだ「買おうとどうか」迷っている方も本をお手に取ってくださったことについて感謝申し上げます。せっかく手に取ったんですから、このまま「序文」だけでも読んでいってください。 「序文」を読んだだけでも「なんとなく自分に縁がありそうな本」なのか「まったく無縁の本」なのかは直感的に識別できます。「縁がある」というのは「著者が言っていることに共感できる」とか「言いたいことがすらすら理解できる」とか「もともとこのトピックに興味があった」とかいうこととは違います。たいていの場合は逆です。 この本の場合なら、「レヴィナスって、誰?」という人が、それにもかかわらずこの本を手に取って、ここまで読んできたということ、それが「ご縁があった」ということです。僕たちはたいていそういうふうにして思いがけない本に出会います。...
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『週刊金曜日』の憲法特集に少し長いものを寄稿した。憲法記念日なので、それを再録。 今号は憲法特集ということなので、憲法についての私見を述べる。同じことをあちこちで書いているので「もうわかったよ」という人もいると思うけれど、私と同じようなことを言う人はあまりいないようなので、しつこく同じ話をする。 憲法についての私の個人的な定義は「憲法は空語だ」というものである。「空語であるのが当然」であり、少し喧嘩腰で言えば「空語で何が悪い」ということである。 あらゆるタイプの「宣言」と同じく、憲法も空語である。ただし、それは「満たすべき空隙を可視化するための空語」、「指南力のある空語」、「現実を創出するための空語」である。 憲法と目の前の現実の間には必ず齟齬がある。それが憲法の常態なのである。憲法というのは「そこに書かれていることが実現するように現実を変成してゆく」ための手引きであって、目の前にある現実をそのまま転写したものではない。...
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大阪のとある市民集会で「ウクライナとカジノ」という不思議な演題での講演を頼まれた。はて、どうやってこの「二題噺」を仕上げようか悩んだ末に「ロシアと日本の衰退には共通パターンがあるのでは」という仮説について話すことにした。 ロシアはとうから経済大国ではない。GDPは世界11位、イタリア、カナダ、韓国より下で、米の7%、日本の3分の1である。一人当たりGDPは世界66位。ハンガリー、ポーランド、ルーマニアといったかつての衛星国より下である。旧ソ連は物理学では世界のトップを走っていたが、ソ連崩壊以後のノーベル賞受賞者は5人。平和賞のドミトリー・ムラトフは反権力メディアのジャーナリスト、4人の物理学賞受賞者のうち一人は米国に一人は英国に在住している。ロシアの体制にはもう知的なイノベーションを生み出す文化的生産力は期し難いように見える。...
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みなさん、こんにちは。内田樹です。 『他者と死者』の韓国語版を手に取ってくださって、ありがとうございます。書店で手に取っただけで、買おうかどうかまだ迷っている方もおられると思います。とりあえずは、この「まえがき」だけ読んで行ってください。「まえがき」を読んで「あ、これは自分とは関係ない本だ」と感じたら、そっと書架にお戻しください。また別の機会に、別の本でお会いできることを願っております。 本書は僕のライフワークである「レヴィナス三部作」の第二部に当たります。第一部が『レヴィナスと愛の現象学』(2001年)、第三部が『レヴィナスの時間論』(2022年)です。どれも朴東燮先生の翻訳で韓国の読者のお手元に届くことになりました。朴先生のご尽力にまず厚くお礼申し上げます。ほんとうにいつもありがとうございます。...
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『月刊日本』5月号は「ウクライナ後の世界」を特集した。そこにロングインタビューが載ったので、転載しておく。 ―― ウクライナ戦争は世界の在り方を変えました。しかし何がどう変ったのかは、まだよく分かりません。内田さんはこの戦争で世界はどう変わると思いますか。 内田 ウクライナ戦争は「国民国家の底力」を明らかにしたと思います。冷戦後、国民国家はその歴史的役割を終えて、ゆっくり消滅していくと考えられていました。経済のグローバル化によって国民国家は基礎的政治単位であることを止めて、世界は再びいくつかの帝国に分割されるようになる。S・ハンチントンの『文明の衝突』(1996年)はいずれ世界が七つか八つの文明圏に分割されるという見通しを語ったものですが、多くの知識人がそれに同意しました。 ウクライナ戦争は「ウクライナはロシア帝国の属領であるべきか、単立の国民国家であるべきか」という本質的な問いをめぐるものでした。プーチンは旧ソ連圏を再び支配下に置くことで帝国を再編しようとした。それに対して、ウクライナ国民は死を賭して単立の国民国家であることを選んだ。帝国の「併呑」志向と国民国家の「独立」志向が正面から激突した。そして、歴史的趨勢は「...
Apr 2022
ロマン・ポランスキー監督作品『オフィサー・アンド・スパイ』(原題はJ'accuse)の公式パンフレットに一文を寄せた。この映画の配給には字幕監修として私も協力した。もうすぐ公開されるので、ぜひ観に行って頂きたい。その前にまずドレフュス事件がどのような歴史的文脈に位置づけられる出来事なのかについて少しだけ説明する。 ロマン・ポランスキーは少年時代にナチス占領下のポーランドとフランスで「ユダヤ人狩り」に遭遇した。彼は生き延びたが、母はアウシュヴィッツで殺された。ホロコーストでは600万人のユダヤ人が殺されたと言われている。正確な死者数はわからない。 この映画は1895年1月5日のドレフュス大尉の軍籍剥奪式の場面から始まる。この日に、それから50年かけて、最後には600万の虐殺に至る近代反ユダヤ主義の歴史の号砲が鳴り響いた。象徴的な意味で「すべてはここから始まった」と言ってよい。...
Apr 2022
今回は「撤退」について僕が信頼を寄せる書き手の方たちに寄稿をお願いして、論集を編みました。寄稿の依頼文を以下に掲げます。それをお読み頂ければ、論集の趣旨はご理解頂けると思います。 みなさん、こんにちは。内田樹です。 晶文社の安藤聡さん経由で、僕からの手紙が届くということは、「ああ、また寄稿依頼なんだな」とみなさんすぐに思われたと思います。ご賢察の通りです。今回は「撤退について」という主題での寄稿依頼です。まずは編集の趣旨についてご説明致します。 先日、奈良県立大学の主催で「撤退学」をめぐるシンポジウムが開催されました。主催者側を代表して、同大の堀田新五郎先生が「今、撤退的知性の必要を問う」という問題提起をされて、それを承けて僕と水野和夫先生が講演をして、それから全体討議がありました。議論の内容について、ここでは詳細にはわたりませんが、日本のこれからの「撤退」はどういうものになるのかという問題を大学人が提起してくれたことを僕は頼もしく思いました。...
Apr 2022
2017年の4月に台湾の淡江大学の「村上春樹研究センター」に招かれて「村上春樹の系譜と構造」というタイトルの講演をした。全文はのちに『街場の芸術論』に収録された。 先日、ある新聞から映画『ドライブ・マイ・カー』についてインタビューをされたときに、この映画の主題も「傷つくべきときに十分に傷つかない人間が引き受けることを拒絶した負の感情は悪霊になる」ということだったという話をした。記事は短いものなので、それだけでは説明が足りないと思うので、ここに講演中の関連部分を再録しておく。 村上春樹は小説を書くという行為についてほとんど排他的に「穴を掘る」という比喩を使うとさきほど申し上げました。でも、別の比喩も使います。それは「地下二階」あるいは「井戸の底」におりるという比喩です。地下室の下に別の地下室がある。...
Apr 2022
先日若い人たちと話すことがあった。若いと言っても私より30歳くらい下だから中堅どころである。「今の日本人に一番足りないものは何でしょう」と訊かれた。少し考えて「勇気じゃないかな」と答えた。言ってから、たしかに私が子どもの頃にマンガや小説を通じて繰り返し「少年は勇気を持つべし」と刷り込まれてきたことを思い出した。『少年探偵団の歌』だって、「ぼくらは少年探偵団 勇気りんりん るりの色」から始まる。1950年代の少年に求められた資質はまず勇気だった。 勇気というのは孤立を恐れないということだと思う。自分が「正しい」と思ったことは、周りが「違う」と言っても譲らない。自分が「やるべき」だと思ったことは、周りが「やめろ」と言っても止めない。 戦中派の大人たちが私たち戦後生まれの子どもたちに向かって「まず勇気を持て」と教えたのは、彼ら自身の「自分には勇気が足りなかった」という深い慙愧の念があったからではないかとその時に思い至った。...
Apr 2022
3月31日にあるネットメディアのインタビューを受けた。それが公開された。そのロングヴァージョンを上げておく。 ― ロシアとウクライナはどういうところで決着がつくと思いますか? 内田 想像もつかないですね。プーチンは本当に核兵器を使うかも知れないし。そうなると、先行き不明です。 ― すごく泥沼化しますかね。 内田 泥沼化するとロシアに不利です。すでにロシアの統治機構はかなり危険な状態になっていると思います。このウクライナ制圧作戦はたぶん2日ぐらいで終わるはずの電撃作戦だったと思うんですが、それがここまで長引いている。それは、ロシアの情報収集力、分析力がかなり劣化しているということだし、おそらく兵力自体も世界が思っていたよりもかなり弱体化していた。 どうやらウクライナ侵攻前に、プーチンにプランB、プランCや「出口戦略」を提言する人が周りにまったくいなかったらしい。独裁者の周りにはイエスマンばかりというのは統治機構として末期的な風景です。スターリンの末期もそうでした。独裁者が長期にわたって政権の座にいると、必ずがそうなる。独裁者の判断ミスを指摘したり、独裁者が見落とした情報を教えたりする人が左遷されたり、粛清され...
Apr 2022
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