内田樹の研究室

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映画「ハナレイベイ」評

映画『ハナレイ・ベイ』のためにコメントを頼まれた。2018年9月に書いたもの。  村上春樹はエッセイの中で繰り返し「僕はオカルト的な事象には関心をほとんど持たない人間である」と書いている。「東京奇譚集」のまえがきにもこう書いている。 「まったく信じないというのではない。その手のことがあったってべつにかまわないとさえ思っている。しかしそれにもかかわらず、少なからざる数の不可思議な現象が僕のささやかな人生のところどころに彩りを添えることになる。」  「あって当たり前」のことだから、村上春樹の小説にはきわめて頻繁に幽霊が出て来る。でも、それは村上春樹的には、人生に彩りを添えるけれど、いささか呑み込みにくい「現実」に過ぎないのだ。  河合隼雄との対談の時に、村上春樹は『源氏物語』に出て来るさまざまな超現実的な現象(六条御息所の怨霊など)について、それは「現実の一部として存在したものなんでしょうかね」と質問した。河合はその質問にあっさりと「あれはもう、全部あったことだと思いますね」と回答している。(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』)...

トランプとミリシア

 ミネアポリスから始まった人種差別と警察暴力への抗議運動Black Lives Matter(「黒人の命を軽んじるな」)は全米に広がり、収束への道筋が見えない。震源地であったミネアポリスではついに警察署が解体されて、新たな公安組織が再建されることになった。それほどまでに市民の警察暴力に対する怒りと不信は根深い。  本来なら治安回復の責任を負うべきトランプ大統領が騒乱の火に油を注いだ。抗議者たちに対話的な姿勢を示すどころか、デモの背後にはテロ組織があるという不確かな情報をSNSで発信して、FBIから「そんな事実はない」と否定され、さらにデモ隊鎮圧のために連邦軍の投入も辞さずという強硬姿勢を示したことについては、米軍の元高官たちが次々と異議を申し立てた。マティス前国防長官は大統領を「私が知る限り、国民を統合するより分断しようとする最初の大統領だ」と批判し、パウエル元国務長官も「大統領は憲法を逸脱している」として、秋の大統領選では民主党候補に投票する意思を示した。...

書評・食いつめものブルース 山田泰司

 表紙の写真に違和感を覚えた。高層ビルを背景にした薄汚い街路で、犬を載せたリヤカーを引く自転車に乗っている男性の写真である。本についての紹介文を先に読んでいたので、おそらく撮影場所は上海で、写っているのは田舎から上海に出稼ぎに出てきて、「3K」仕事をしている農民工なのだろうということまでは想像がついた。背景に高層ビルを、近景に陋屋と廃品回収のリヤカーを配して社会的格差を図像化するというのはよくある構図だ。けれども、その写真にはそんな予定調和を突き崩す「何か」があった。それはその廃品回収業者の男性がたたえている独特の表情であった。  本文を読み進むと、それがゼンカイさんという河南省から上海に出て来た出稼ぎ労働者とその愛犬の写真だとわかった。今、世界で最もバブリーで超近代的な都市の片隅で、豪奢なシティライフとはどう見ても無縁の暮らしをしているはずの廃品回収業者の表情の奇妙な明るさに私は違和感を覚えたのである。...

書評・白井聡「武器としての「資本論」(東洋経済新報社刊)

 私事から始めて恐縮だが、経済学者の石川康宏さんと『若者よ、マルクスを読もう』という中高生向けのマルクス入門書を書いている。マルクスの主著を一冊ずつ取り上げて、石川さんは経済学者という立場から、私は文学と哲学の研究者という立場から、中高生にもわかるように噛んで含めるように紹介するという趣向のものである。  第一巻で『共産党宣言』、『ヘーゲル法哲学批判序説』『ユダヤ人問題によせて』。第二巻で『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』と『フランスにおける階級闘争』。第三巻で『フランスの内乱』と「マルクスとアメリカ」についての共同研究。そこまでは出した。最終巻で『資本論』を論じて、それでめでたくシリーズ終了という計画だったが、「次は『資本論』だね」と確認してから2年が経過してしまった。停滞しているのは、私が忙しさに紛れて書かずにきたせいである。...

日刊ゲンダイ「コロナ後の世界」

「コロナ禍によって、社会制度と人々のふるまいはどう変わるのか?」ここしばらく同じ質問を何度も向けられた。「変わるかも知れないし、変わらないかも知れない」というあまり役に立たない答えしか思いつかない。でも、それが正直な気持ちである。  2011年の3・11の後にも「これで社会のあり方も人々の価値観も変わるだろう。変わらないはずがない」と思ったけれど実際にはほとんど変わらなかった。環境が激変し、新しい環境への適応が求められても「変わりたくない」と強く念じれば、人間は変わらない。そして、生物の歴史が教えるのは、環境変化への適応を拒んだ生き物の運命はあまりはかばかしいものではないということである。  今の日本ははっきり言って「はかばかしくない」。それは環境が大きく変化しているにもかかわらず、日本人集団がそれに適応して変化することを拒んでいるからである。...

『街場の親子論』のためのまえがき

 みなさん、こんにちは。内田樹です。  本書は僕と娘の内田るんとの往復書簡集です。  どうしてこんな本を出すことになったのかについては、本文の中に書いてありますので、経緯についてはそちらをご覧ください。  ここでは「まえがき」として、もう少し一般的なこと、親子であることのむずかしさについて思うところを書いてみたいと思います。  本書をご一読して頂いた方はたぶん「なんか、この親子、微妙に噛み合ってないなあ」という印象を受けたんじゃないかと思います。  ほんとうにその通りなんです。  でも、「微妙に噛み合ってない」というのは「ところどころでは噛み合っている」ということでもあります。話の3割くらいで噛み合っていれば、以て瞑すべしというのが僕の立場です。親子って、そんなにぴたぴたと話が合わなくてもいい。まだら模様で話が通じるくらいでちょうどいいんじゃないか。僕はそう思っています。...

パンデミックをめぐるインタビュー

 プレジデントオンラインという媒体からメールで質問状が送られてきた。それに回答した。プレジデントオンラインでは写真付きで見ることができる。https://president.jp/articles/-/35721こちらは加筆したロング・ヴァージョン。 質問1  コロナ禍のなか「自粛警察」が横行し、いま社会全体が非常に刺々しい雰囲気になっている現状をどうご覧になっていますか。    どういう社会状況でも、「ある大義名分を振りかざすと、ふだんなら許されないような非道なふるまいが許される」という気配を感知すると、他人に対していきなり攻撃的になる人たちがいます。ふだんは法律や、道徳や、常識の「しばり」によって、暴力性を抑止していますが、きっかけが与えられると、攻撃性を解き放つ。そういうことができる人たちを、われわれの集団は一定の比率で含んでいます。そのことのリスクをよく自覚した方がよいと思います。...

若者の質問へのご返事

 私の読者という若い方から手紙が来た。ツイッターで、ある政治学者のツイートをRTしたら、知り合いから「若い人は政治的発言をするな。党派的な発言をすると気分を悪くする人もいるから、そういう人に配慮しなさい。政治的発言をしたければ、もっと勉強してからしなさい」というお叱りを受けたそうである。  どう対応すべきでしょうかというお訊ねだったので、次のような手紙を書き送った。  こんにちは。内田樹です。  お訊ねの件ですが、直接ご返事をする前に、少し原則的なことを確認したいと思います。  僕は言論の自由を大切にする立場から、基本的にはどんなトピックについても、どなたでもご自由にご発言くださいという立場です。  僕が言論の自由を大切にするのは「言論の場の判定力」を信じているからです。長期的かつ集団的には、言論の場において下される真偽理非の判定はだいたい適切である。僕はそう信じています。...

ホ・ヨンソン『海女たち』書評

 ホ・ヨンソンの詩集『海女たち』https://www.amazon.co.jp/%E6%B5%B7%E5%A5%B3%E3%81%9F%E3%81%A1%E2%80%95%E6%84%9B%E3%82%92%E6%8A%B1%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%97%E3%81%A6%E6%B5%B7%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%8B-%E3%83%9B%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3/dp/4787720201/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%B5%B7%E5%A5%B3%E3%81%9F%E3%81%A1&qid=1589170426&sr=8-1についての書評を西日本新聞に寄稿した。済州島の海女たちを主題にした詩集である。伊地知さんに頼ま...

想田和弘『精神0』公式パンフレット

想田監督の最新作で「仮設の映画館」で公開中の『精神0』の公式パンフレットに一文を寄せました。これを読んで「うう、映画みたいぜ」と思ってくれる方がいるといいんですけど。 『人間を衝き動かすもの』    想田監督はものすごく「引きの強い」人だと思う。『精神』の女性患者の独白も、『港町』の老婆の独白も、監督が仕掛けたものではない。予告もなく、文脈もなく、不意に彼女たちはカメラに向けて語り出し、その表情と声は観客の記憶に深く刻みつけられる。偶然でも、そういう場面に出会えるというのは、監督の力である。その画面から僕が感じ取ったのは「人間というのは、耐えがたいほどに重たいものを抱え込みながら、それでも何事もなかったように、時には笑顔で、日常生活を営むことができる」ということだった。  「人間は強い」とも言えるし、「人間は深い」とも言えるし、「人間は怖い」とも言える。...

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